銀の風

二章・惑える五英雄
―22話・瘴気の森の洞窟―




置いていかれたルージュとアルテマもどうにか合流した。
一行はクークーの力で、試練の山の裏側に当たる麓の森にたどり着いた。
地上の地形を気にしなくていいせいか、
予定よりも2日早く到着したのはうれしい裏切りだ。
今は大体、午後の1、2時。日はかなり高い。
「この辺か?」
クークーの背から降りる。
降り立ったところは、森の入り口付近にある開けた空間。
周りは一見ごく普通の森だが、雰囲気が少々違う。
「何だろ、この空気……。ちょっと変な感じしない?」
少し気分が落ち着かない。
居心地が悪いというか、体が少し重い感じがした。
「変な感じで済めばいいだろ。あれを見てみろ。」
そう言われ、アルテマは後ろを見る。
そして、そこにあったものを見て驚愕した。
「りゅ、リュフタぁ?!あ、あんたどーしたわけ??」
リトラにつんつん棒でつつかれている哀れな生命体は、
紛れも無くリュフタであった。
「さっきからこの穀潰しウサギリスがやけにおとなしくてよー。
見たらなんかしらねーけどへたれてた。」
「す、好きでへたれとるんや……な〜い!
もぉだめや……うち、はきそぉ……。」
どうやら、前足で必死にこみ上げてくる物を押しとどめているらしい。
さっきから静かだったというのは、抑えるのに必死なせいだろう。
「そーいえばフィアス、あんたもその髪どーしたの?」
アルテマが、どういうわけか心底驚いたようにフィアスを見た。
「え、ぼくのかみの毛になんかついてる?」
リトラの横でリュフタを観察していたフィアスは、
突然そんな事を言われて、困ったように首をかしげている。
「マジだ。お前、なんかしらねーけど髪の毛真っ黒になってるぞ。
おい、こっち見ろよ。」
リトラに鏡を見せられ、フィアスは真っ青になった。
いつもは桃色のはずの髪の毛が、漆黒に染まっているではないか。
「え〜?!ま、ままままっくろ〜〜???なんでなんでー??」
あわあわと口をパクパクさせ、意味も無く腕を振り回す。
他のメンバーは、それを遠巻きに見ている。
ちなみにクークーはというと、疲れたらしく早くも昼寝していた。
「この辺りに瘴気があるせいだ。お前は半分カーシーだろ?
だから、周りの属性がそのまま髪の色に影響するってわけだ。」
瘴気という物は、普通の生き物にはあまり良くない。
闇に属するものは耐性を持っているが、
ほとんどの生き物はこの濃度が高いとダウンしてしまう。
光属性の生き物や、穢れた力が苦手な者はてきめんだ。
「へ〜、おもしろいじゃん。知らなかった。」
まるで日ごとに色を変えるアジサイのようだ。
「カーシー自体、珍しいからな。知らなくても当然だろ。」
と、素っ気無くルージュが言った。
それにしても、何故こんな細かいことまで知っているのだろう。
「へ〜……。」
リュフタをつつく事に飽きたリトラが、今度はフィアスの髪をいじり始めた。
「ぼく、毒がだいじょうぶなだけだと思ってた〜。
って。リトラ〜、かみの毛ぐちゃぐちゃにしないでよ〜!」
髪をぐちゃぐちゃにされたのが大層嫌だったらしく、
フィアスはさっさとクークーの後ろに避難した。
「ねー、さっさと行かないと日が暮れるんじゃないの?」
あっというかわりに、リトラが軽く目を見張る。
「いけねー。おいフィアス、置いてくぞ!」
クークーの後ろに隠れたきり出てこないフィアスに声をかけると、
リトラはさっさと歩き出す。
ルージュも黙ってその後についていってしまった。
それが見えたのだろう、慌てたフィアスは仲間の後を走って追いかける。
「あーん、まってよ〜!」
他の二人と違い、アルテマだけはまだ歩き出していなかった。
へばっているリュフタを誘っていたからだ。
「アルテマちゃん、うちは、ここで待ってるさかい。
うぷ……リトラはんにいっといてくれへんか〜……。」
まだ吐きそうになっているのをみると、本当に動けないらしい。
本人の言うとおり、置いていくしかないと判断したアルテマは、
思い出したようにクークーに声をかける。
「クークー!ちゃんとここで待っててよ!!」
アルテマが声をかけると、クークーは片目だけ開けて小さく鳴いた。
一応、聞いているらしい。
それだけ確認すると、アルテマは慌てて仲間の後を追いかけていった。


森の奥に進むにつれ、どんどん瘴気が増していく。
それと同時に、またフィアスの髪に変化が現れてきた。
「今度は、むらさきっぽくなってきたみたい。」
黒く染まったときもそうなのだが、何故こんな本人に似合わない色になるのだろう。
そんなどうでもいい事を、リトラやアルテマは考えてしまった。
「……けっこうころころ変わるんだね、髪の毛って。」
黒味がかった、何だか汚い紫だ。
そう思いながら森を進む間にも、刻々と色が変化していく。
言ってはいけないのだろうが、かなり面白い。
「そーいやルージュ、お前もなんかみょーに元気よさそうだな。」
ルージュの髪が、やけに艶々している。
おまけに、ほのかに体がむらさきの燐光を放っているような気がした。
「闇の力が濃くなってきたんだよ。
俺にとっては快適だぞ。お前らは……違うだろうけどな。」
彼の言葉どおり、他のメンバーは何だかだるさを覚えてきていた。
瘴気のせいなのだろうが、はっきり言って調子が悪い。
「そーいえば、モンスターもいないね〜。」
「あ、そうだね……。言われてみれば、いない気がする。」
フィアスの言うとおり、魔物は姿はおろか気配すらない。
瘴気も闇の力も、試練の山にいるアンデット達は好きそうなものなのだが。
辺りにまばらにいるのは、ごく普通の動物達だけだ。
「確かに変だよな。魔法の気配もしないのによ……。
もしかして、魔物も逃げるくらいこえーのか?」
自分の台詞で想像しかけて、リトラは慌ててそれを振り払う。
こんな想像が当たっていたら怖い。
「魔物には怖いんだろうよ。
正直、この辺まできたら身震いしてきた。」
気がつけば、普通だった森の景色がいつの間にか変わっている。
およそこの世界のものとは信じがたい奇怪な植物が、ちらほら見受けられるようになって来た。
まるで、物語の魔女の森そのままではないか。
ここまで来ると、もう生き物の気配は乏しくなってきた。
「なんか……ベタだよね、この雰囲気。」
木々もうっそうと茂って、見上げても空がほとんど見えなかった。
枝葉が陽光をさえぎるために、辺りは薄暗い。
これで何かなければ、そっちの方がおかしいだろう。
そう思わせるような不気味な空気が漂っている。
「言ってる間に、着いたみたいだぞ。」
草むらに隠れるように、洞窟の入り口は存在していた。
入り口は狭くはなさそうだが、手前の草の丈が高いので入りにくそうだ。
「変な物が出ませんよーに……。」
どこまで本気かは分からないが、アルテマはそう祈っていた。
「うわ〜、まっくらだ。ねー、たいまついる?」
フィアスが気を利かせて、自分の荷物袋からたいまつを取り出した。
洞窟探検には欠かせないものだ。
と、それを横から抜き取るように、ルージュが自分の手中に収めた。
「あ、いきなりとったー!」
フィアスの抗議は聞こえない振りをして、
横取りしたたいまつにルージュはふっと炎を吹きかけた。
鮮やかな紫の炎が、幻想的にたいまつを包み込む。
「変わったブレスだな〜、パープルはそういうの吐くのか。」
ゆらゆら揺れる炎を眺めながら、物珍しそうにリトラが言った。
「ん?ああ、そうだ。」
そのまま成り行きで、ルージュが先頭で洞窟に入る。
洞窟の中はかなり暗い。たいまつの紫の光だけが、あたりをぼうっと照らし出す。
どこからとも無く漂う何かの花の香りが、鼻腔をくすぐった。
「あれ、たいまつの光だよね。」
入り口を覗いたときには見えなかったが、規則的にたいまつと思われる明かりが灯っている。
人の手が入っている事は明らかだ。
「そうだろ。ん〜……やっぱりマジなのかもな、魔女伝説。」
まだ導師の娘を魔女と決め付けて、リトラが一人で勝手に納得している。
「わ、なんかちくちくする〜!」
その後ろで何か変なものでも踏んづけたらしく、いきなりフィアスが騒ぎ出した。
突然の大声に、思わず全員そちらを見た。
「何だよいきなり……。」
ルージュがげんなりしたようにフィアスを見る。
大声がよほど嫌だったらしい。
「何かあるみたいだけど、わかる?」
ちくちくするものの正体を確かめるべく、
ルージュから渡されたたいまつの明かりでフィアスのそばを照らす。
「わぁっ……お花?」
「ば、バラぁ??」
そこにあったのは、バラだった。
青みがかった葉、長いトゲ。ずいぶん野性的だと思う。
だが、視線を上げた瞬間に思わず全員圧倒された。
『うわぁ……。』
バラの後ろあたりから伸びる道。その先に広い空間があった。
そこが一面バラで埋め尽くされている。
それも、ただのバラではない。
「青い……バラ?」
濃淡様々の青い花。幻想的な燐光をまとったかのように見える。
そして、むせ返るような甘く妖美な香り。
洞窟中に漂うにおいの元は、この花だったのか。
バラにはありえない青い色が、いっそうこの場の雰囲気を現実離れさせた。
「珍しい?」
背後から突然、女性の声が聞こえた。
このバラに負けず劣らず、妖美な感じがする。
「お、おねえちゃん、だーれ??」
びっくりして目をまん丸にしたまま、フィアスが女性に問いかけた。
女性はくすりと笑ったまま、一行を見下ろす格好になっている。
相手が大人で背丈が違うのだから、当たり前の事だが。
「私?」
心持ち首を傾げて、笑っているように見えた。
「あんただろ、魔神の娘は。」
初対面の人間に対してずいぶん無礼な発言だが、
ルージュはそんな事など考えてもいないかのようだ。
「あら、知ってるの?つまらないわね……。」
何故か心底つまらなそうに、女性は言った。
―つまらないって、何がだろう……。
少々疑問が生じる発言だったが、とりあえず流しておく事にした。
「まぁ、いいわ。私はシェリル=ライージャ。
ご存知の通り、魔神・ガルディルヴィスの娘よ。」
冷静になってきたところで、相手を観察する余裕が生まれてきた。
スタイルのいい体を飾るのは、腰まで届く蜜柑の髪とルビーの額飾り。
妖艶さの中にも知的な雰囲気を漂わせる目は、青紫がかった銀色。
暗闇に溶け込むようなドレスは、露出がかなり多い。
「最高級の絹に、むちゃくちゃ高そうなティアラ?……。
確かにただものじゃねーな、ルージュ。」
リトラの見立てどおり、彼女が身につけている物はどれも最高級の品ばかりだ。
邪神の娘には、相応しいのだろうが。
「……。」
「面白い事を言うわね、坊や。
ところで、どうしてここに来たのかしら?」
妖艶な外見の割には、ずいぶん子供慣れしている。
優しい微笑を浮かべて、目線をリトラに合わせるように身をかがめていた。
「えーっと……。」
そういいかけて、言葉に詰まる。
噂を確かめるために来た、では流石に恥ずかしい。
言い訳の言葉もとっさに思いつかず、リトラは視線をあさっての方向に泳がせた。
「迷った。」
苦し紛れに、だがまじめな顔できっぱり言い切る。
ぶっと、後ろでアルテマかルージュが吹き出したような音がした。
勿論リトラは頭に来たが、自分でも間抜けだと分かっているので反論できない。
「あらあら……、そうなの。」
どこまで信じてくれたかは分からないが、とりあえず大丈夫そうだ。
頭を軽くなでるだけで済ませてくれた。
「ねーねーおねえちゃん、あのお花は?」
フィアスが、くいくいとシェリルのドレスの裾を引っぱった。
左手で青いバラの群生をさしている。
「ああ、あれね……。あれは青バラよ。
魔界にしかない植物だから、見た事無かったでしょう。」
それは勿論だった。
青いバラは不可能の象徴とされるときもある位で、地界には存在し得ない。
多分、厳密に言うとこのバラは地界のそれとは違うのだろう。
「うん。こんなお花、はじめて見た!」
フィアスは、やや興奮しているようだった。
好奇心を刺激されているせいだろうか。
「そう。楽しい?」
「うん!」
子供好きという噂の方も本当だったのだろうか。
どんどん手なずけられつつあるフィアスを見ていると、ついそう思ってしまう。
だが、まだ信用は出来ない。
こういう風にして子供をだます大人など、掃いて捨てるほど世の中には居るのだ。
「ところで、あなた達はどうするの?『迷った』んでしょう?」
そう言われて、はっとリトラたちは我に返る。
考えにふけっていたせいで、リトラが言い出した言い訳の事を忘れるところだった。
「えーっと……ついでに、聞きたい事もあるんだけどよ。」
リトラが聞きたい事とは、勿論探している召帝と『鍵』の行方だ。
神の娘と言う位なのだから、少しは有力な手がかりを知っているかもしれない。
だが、シェリルはすぐに答えようとはしなかった。
少し考えるようなそぶりを見せる。
「そうねぇ……ちょっと調べないと分からないわ。
それと、もう日が暮れるから泊まっていかない?」
どうして洞窟にいて外の様子が分かるのかは知らないが、
確かにここについた時には、歩き始めてからけっこう時間が経っていた。
空がうっそうと茂る木で見えなかったが、
確かに日が暮れかけてもおかしくない。
「どーする?」
「う〜ん……外は怖いしね〜。」
フィアス以外の3人が、こそこそ内緒話を始めた。
目の前の魔女の誘いに答えるかどうかは、ちょっとした悩みどころだ。
「昨日テントに穴が開いてそのままだから、
どのみち選択肢は一個しかないぞ……。」
『あ。』
リトラとアルテマは、昨日のキャンプの事を思い出した。
その、ショッキングな出来事を。

昨日の夜の事だった。
「おやすみ〜!クークー、何か来たら教えてね!」
「クーッ♪」
クークーは、一番なついているアルテマの言いつけに上機嫌で答えた。
夕食で、自分がとったおいしい獲物を食べられたからだろう。
テントの外で陣取るクークーを残し、
他のメンバーは全員テントの中で眠りについた。
それから3,4時間後の事だ。
「クー……。」
いつもならもう誰かが交代してくれるはずなのに、誰もテントから出てこない。
クークーは何だか不安になってきた。
そして、テントの中を覗こうと思いついたのだ。
「クィ〜……。」
バリッ!!
分厚い布を無理に引き裂く音が、テントの中に響いた。
あまりに大きな音に、眠り込むと起きないフィアスまで飛び起きる。
「な、何だ今の?!誰だよ!!」
「ちょっと、今の音何?!」
真っ暗な中で、寝ぼけ眼のメンバーがあちこち見回す。
そして見てしまった。
クークーがくちばしでテントに大穴を開け、
そこに頭だけを突っ込んでいる姿を。
『クークーーーーー!!!』
夜の闇に、幽霊も驚くような怒声が響き渡った。

「……そういえば、そーだったよね。」
口を引きつらせながら、アルテマが言った。
あのあまりにもアホらしい出来事は、おそらく当分忘れられないだろう。
リトラも、腰のバッグを覗きこむ。
「たしかにこれじゃ、使えねーよなー……。」
がさつで多少の事では気にしない彼だが、
テントに入り口並みの大穴が開いていては流石にあきらめる。
ここはルージュの言うとおり、選択肢は一つしかない。
「んじゃ、お言葉に甘えて……。」
一応神経を逆なでしないように、
リトラは出来るだけ丁寧に返事をした。
「分かったわ。フラインス、この子達を客間に通してあげて。」
フラインスと呼ばれた少女が、通路の奥から出てきた。
シェリルよりも濃いオレンジと茶の髪に、わりと鮮やかな黄緑の目。
頭から下向きに生えた金色の角と、背中の黒い羽が特徴的だ。
年は多分、ルージュと同じくらいだろう。
「えー、何であたしが……。」
小間使い扱いが不満なのか、口を尖らせる。
シェリルがすっと目を細めて睨むと、とたんに震え上がった。
無理もない、並みの男が睨むよりも迫力があるからだ。
背後に黒いオーラが見えたのは気のせいに違いない。
「わ、わかりましたよぅ!
し、師匠の言うとおりにしますから、許して下さ〜い!!」
どうやらシェリルの弟子らしいこの少女は、慌てて師匠の許しを請う。
「いいから、早く通してあげて。
話は後でいくらでも出来るでしょう?」
シェリルは呆れて軽くため息をつくと、特に咎めることもなくフラインスを促した。
「ほらあんたら、あたいについてきなよ。」
気を取り直したのか、少々乱暴な態度ながらも一行を案内する。
だが、フィアス以外のメンバーの頭には彼女の台詞などろくに頭にない。
―やっぱり魔女だ……!!
フラインスの後に従ってその場を去るが、
さっきのシェリルの一睨みがまだ頭に残っている。
果たして、ここから無事に帰れるのだろうか。
顔を引きつらせるリトラや冷や汗を流すアルテマをよそに、
隣でルージュは涼しい顔をしていた。



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もう少し書くペースをあげたいものです、本当に。
とはいえ、これがアップしたおかげで、
別のものが2つほどアップできるようになったので良しとしますか。
予定通り、今回でシェリルが登場です。
約一名、すでに手なずけられておりますが……次回は全員警戒しなくなるでしょう。
ジョセフのおっさんの情報は、確かだった模様。